驚きのあまり、言葉を失ったまま彼を見つめる。
そんな私を見て、ヘンリーは寂しげに微笑んだ。
「ははっ、アタリかな? 僕、こう見えて結構鋭いんだから」
小さく笑ったあと、すぐに切なげな表情へと変わっていく。
「なんとなく、そうじゃないかって思ってた。
君の隣にはいつも龍がいて……龍の前での君はとても魅力的だった。 僕といる時とは違う君。 すごく自然で、のびのびしていて、笑顔が輝いてた。 もちろん、龍の気持ちは最初からわかってたし。時間の問題かなって思ってたんだ。 それでも、もしかしたらって。 少しの間だけでも、君が僕を選んでくれる可能性に賭けた。 ――でも、やっぱり玉砕だった。 それでも君と過ごせた時間は、幸せだったよ」遠くを見つめるヘンリー。
その横顔が、あまりにも綺麗で。私の心臓がトクンと鳴った。
これは、姫の気持ち? それとも……。
「じゃあ、気持ちに気づかせるために、わざと冷たくしたの?」
彼は優しい。そのような行動をとっても不思議ではなかった。
その問いに、ヘンリーはくすっと笑う。「まあ、それもあるけど……。
僕は、この世界の人じゃないから、かな。 いずれ僕は消えてしまう。一生、流華のそばにはいられない。だったら、君の隣にいるのは、ずっとそばにいられる龍の方がいいって思ったんだ。 僕が冷たくすれば、君はきっと龍に向かう。そう思ったからあんな態度を取ったんだ。 ごめんね……でも」急に、ヘンリーの瞳が熱を帯びた。
「もしも、僕がずっと一緒にいられるなら……こんなことはしないっ。
絶対に君を、他の男になんか渡さない!! ……君が龍を好きでも、僕は奪い取ってみせる」その強い眼差しに、心臓が跳ね、苦しくなる。
彼の想いが、ぶつかってくるようだ。ドクンドクンと鼓動が速まる。
「……君を、愛してる。本当に大好き、ず
「あの、そのことで、あなたに話さなくちゃいけないことがあるの。 信じられないような話だけど、どうか聞いて欲しい」 私は意を決して、これまでに起きたヘンリーたちとの不思議な出来事を話していく。 彼は驚きながらも、黙って私の話を最後まで聞いてくれた。 話を聞き終えた彼は、ただ茫然と前を見つめている。「そんなことが……本当にあるなんて」「信じられないよね。私も自分の身にこんなことが起こるなんて、思ってなかった。 でもこれが真実なの。 透真君の気持ちは嬉しいけど……その気持ちは、前世からくるものなのかもしれない」 中村透真は俯き、しばらく考え込む。 そして、もう一度顔を上げた彼は私を見つめる。その顔が、ヘンリーの面影と重なった。 愛おしげに見つめるその表情……やっぱりそっくりだ。「この気持ちが前世のものなのか、僕のものなのか、本当のところはわからない。 ……でも、君を愛おしいと思う気持ちに変わりはないよ。 前世で幸せになれなかったのなら、今世で幸せになってはいけないの?」 中村透真は、懇願するような表情と瞳を向けてくる。 やめて、そんな風に見つめないで! ヘンリーにそっくりな顔と声と瞳で……。 私の中の何かがドクンドクンと苦しげに呻いた。 それに必死に抗いながら、拳を握りしめる。「っごめんなさい……私、好きな人がいるの。 ヘンリーやあなたのことはもちろん好きだけど、それ以上に好きな人。 如月流華として、愛する人ができた。 透真君にも、これから先そういう人ができるかもしれない。 前世の想いのせいで、その人への気持ちに気づけないのは……駄目だから」 私は誠心誠意、今の自分の気持ちを彼にぶつける。 前世の想いは、強力だ
学校が終わると、私は改めて中村透真に会いに病院へ向かった。 彼にも、どうしても話しておかねばならないことがある。 いつものように、龍は病室までついてくると扉の前で待機する。 不安げに龍を見つめると、彼は優しい眼差しを向け力強く頷き返してくれた。 うん、大丈夫。 私はしっかりと頷き返す。 病室の扉をノックすると、中から返事がした。 なんだか緊張する。 あの日、彼に助けてもらってから、意識がある状態で会うのはこれが初めてだ。「失礼します」 私は大きく深呼吸し、病室へと足を踏み入れた。 ベッドの上には、優しい笑みを浮かべる中村透真の姿があった。 彼の視線は私へとまっすぐに向けられている。 彼を見た瞬間。 心臓が跳ね、思わず足が止まった。 やっぱり、ヘンリーに似てる……。 私を助けてくれた命の恩人。そして、ヘンリーの生まれ変わり。「やっと、会えたね」 中村透真が嬉しそうに笑った。 なんだか……ヘンリーに言われているような気がして、胸が締め付けられる。 落ち着け、自分。 私は深呼吸してから、ゆっくりと彼の側へと歩みを進めた。「あ、あの、助けてくれてありがとう……ずっとお礼を言いたかった。 もう、体は大丈夫?」 緊張しながら、おずおずと彼に尋ねる。 すると、中村透真はニコッと可愛く微笑んで、元気だとアピールするようにガッツポーズをする。「うん、心配いらない、元気だよ。 でも……なんだか、長い夢を見ていたんだ」 「夢?」 ゆっくりと頷き、私を見つめ、彼は懐かしむような顔をする。「僕は王子で、隣国の姫に恋をした……」 中村透真は思い出を語るように、夢の内容を聞かせてくれた。 その話は、まさしくヘンリーと私の前世そのものだった。 もちろん彼の前世でもある。 もしかして、彼はヘンリーが現れ
ヘンリーが消えたあと、私はシャーロットとアルバートを探した。 しかし、どこを探しても二人の姿は見当たらなかった。 きっとヘンリーと一緒に、元の世界へ帰っていったのだろう。 なんとも不思議な話だけれど、そうとしか思えなかった。「みんな、帰っちゃった……」 その夜、縁側に座りながら月を見上げ、そっとつぶやく。 騒がしかった日々が嘘のように、家の中は静まり返っていた。 時折、まだヘンリーたちがいるような気がして、振り返ってしまうことがある。 それだけ、彼らはもう私の日常の一部だったんだ、と思い知らされる。 想いを馳せるように、月をじっと見つめる。 隣に座る龍が、慣れない手つきで私の肩をそっと抱き寄せた。 その温もりに包まれながら、私は幸せを噛みしめ、そっと目を瞑った。 脳裏に、ヘンリーたちの顔が浮かんでいく。「……きっと忘れない。ヘンリーたちは、私の心の中でずっと生き続けてる」 「そうですね」 龍は優しい笑みを浮かべ、私を見つめる。 その穏やかな表情を見ながら、自然と笑みがこぼれた。 龍は、病院から抜け出してきたあと、そのままこの家に居続けることを選んだ。 戻るよう言うが、龍は頑なに拒否し、私の傍にいると言い張った。 彼いわく、自分は頑丈で回復力も尋常ではないから大丈夫、だそうだ。 あとは、家で安静に過ごしていれば問題ないと、自分の意志を曲げなかった。「そんなに、私と離れたくないの?」 冗談交じりに問うと、龍は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに頷いた。 キュン……胸が高鳴った。 何、その反応! 心の中で思わず突っ込んでしまう。 龍って、ギャップがすごい。 普段は冷静沈着で仕事のできるクールな男って感じなのに、私の前ではヘタレになったり、まるで乙女のような反応をする。 まあ、そこが可愛いんだけどね。 その後、誰か
「お嬢! 中村さんの意識が戻ったそうです!」 突然の大声に驚き、私は思わず声の方へと振り向いた。 縁側から険しい表情でこちらを見つめているのは――龍。 肩で息をしながら、必死に何かを訴えようとしている。「龍っ!? なんで、あなたがここにいるのよ!」 混乱しながらも、私は駆け寄っていく。「まだ退院じゃないでしょ? 体は大丈夫なの?」 ついさっきまで、病院のベッドに横たわっていたはずだ。 一歩間違えれば命を落としかねない重傷を負っていたのに。 なぜここに? 龍の前に立ち、隅々まで彼の体をチェックしていく。 多少疲れは見えるが、息が少し上がっている程度で大きな問題はなさそうだ。 ほっと胸をなでおろす。 私が心配そうに彼の腕に触れると、龍は気まずそうに微笑んだ。「すみません、一刻も早くお嬢に伝えたくて……気づいたら病院から抜け出していました」 龍の体がふらりと揺れる。 私は慌てて彼の体を支え、睨み付けた。「もう……無理して……バカ」 中村透真の意識が戻った―― それを一刻も早く私に伝えたかったのだ。 本当に、いつも私のことばっかりなんだから……。 彼のまっすぐな想いに、胸が熱くなる。 心配よりも、愛しさが溢れていく。 その気持ちのままに、私はそっと龍を抱きしめていた。 すると、龍も強く抱きしめ返してくれる。「いっつも龍は、僕の邪魔をするよね」 ふと、そばで声がした。 振り向くと、いつの間にかヘンリーが私たちの近くにいた。 その表情はあきれ顔だ。 はあっと大きなため息を吐いたあと、ヘンリーが龍を見つめた。 二人の視線が交差した直後、ふっと笑い合った。 その笑みには、皮肉も混ざっていた。 しかし、それ以上にお互いを認め合っているような、そんな感情がそこにはあるように感じられた。
驚きのあまり、言葉を失ったまま彼を見つめる。 そんな私を見て、ヘンリーは寂しげに微笑んだ。「ははっ、アタリかな? 僕、こう見えて結構鋭いんだから」 小さく笑ったあと、すぐに切なげな表情へと変わっていく。「なんとなく、そうじゃないかって思ってた。 君の隣にはいつも龍がいて……龍の前での君はとても魅力的だった。 僕といる時とは違う君。 すごく自然で、のびのびしていて、笑顔が輝いてた。 もちろん、龍の気持ちは最初からわかってたし。時間の問題かなって思ってたんだ。 それでも、もしかしたらって。 少しの間だけでも、君が僕を選んでくれる可能性に賭けた。 ――でも、やっぱり玉砕だった。 それでも君と過ごせた時間は、幸せだったよ」 遠くを見つめるヘンリー。 その横顔が、あまりにも綺麗で。 私の心臓がトクンと鳴った。 これは、姫の気持ち? それとも……。「じゃあ、気持ちに気づかせるために、わざと冷たくしたの?」 彼は優しい。そのような行動をとっても不思議ではなかった。 その問いに、ヘンリーはくすっと笑う。「まあ、それもあるけど……。 僕は、この世界の人じゃないから、かな。 いずれ僕は消えてしまう。一生、流華のそばにはいられない。だったら、君の隣にいるのは、ずっとそばにいられる龍の方がいいって思ったんだ。 僕が冷たくすれば、君はきっと龍に向かう。そう思ったからあんな態度を取ったんだ。 ごめんね……でも」 急に、ヘンリーの瞳が熱を帯びた。「もしも、僕がずっと一緒にいられるなら……こんなことはしないっ。 絶対に君を、他の男になんか渡さない!! ……君が龍を好きでも、僕は奪い取ってみせる」 その強い眼差しに、心臓が跳ね、苦しくなる。 彼の想いが、ぶつかってくるようだ。 ドクンドクンと鼓動が速まる。「……君を、愛してる。本当に大好き、ず
龍との別れを惜しみつつ病院から帰ってきた私は、ヘンリーと二人きりで話をするため、彼を呼び出した。 どうしても決着をつけなければならないことがある。 私は気合いを入れ、屋敷の庭にある池のほとりでヘンリーを待つことにした。 この庭には小さな池がある。よく立派なお屋敷にあるような鯉が泳いでるあれだ。 それが私の家にもあった。 水面をゆったりと泳ぐ鯉に餌をやりながら、私は一人静かに待つ。 しばらくすると、ヘンリーが現れた。 視線を逸らし、どこか気まずそう。 その表情からは、何の感情も読み取れない。 ただ、雰囲気が重いことだけは伝わってきた。「何か用?」 相変わらずのぶっきらぼうな声。以前のヘンリーとはまるで別人みたい。 前は私が話しかけるだけで、あんなに嬉しそうにしていたのに。「うん、ちょっと……話しておきたいことがあるんだ」 私が真剣な眼差しを向けると、ヘンリーが先に口を開いた。「……龍は、どうだったの?」 その言葉に、一瞬考え込む。 そういえば、ヘンリーたちも龍の事件について聞いているはず。 きっと心配していたのだろう。 少しでも安心させようと、私は微笑みかける。「大丈夫、命に別状はないし。すぐに退院できるって」「そっか……よかった」 ほっとしたように微笑むヘンリー。 その優しい笑顔に、胸が痛んだ。 そう、これが本来の彼。 優しくて、純粋で……私が時を超え愛した人。 そんな彼に、これから残酷な言葉を告げようとしている。 どうしようもない苦しさを覚え、躊躇いが生じてしまう。 私はその迷いから逃れるように、思考を切り替える。 そうだ、まずはずっと聞きたかったことを聞こう。 ヘンリーの態度が急変した理由。 私には、